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2011-11-27

エピソード特別編「夢を諦めないで!七咲、決死の闘い 後編:絶交?」

翌日

橘「おーい、七咲!おはよう」
七咲「おはようございます。今日は珍しく早めの登校なんですね」
橘「珍しくって……失礼な。誰のためにこんな時間に来たと思ってる?」
七咲「クスッ」
橘「……もう、平気か?」
七咲「はい。おかげさまで」
橘「今日も一緒に帰るか」
七咲「いえ。先輩はいい加減勉強した方がいいと思います」
橘「う、うるさい。誰のために言ったと思って……」
七咲「今日は部活です」

七咲が小声で話しかけた。

橘「ああ、ならしょうがな……え??部活!?」
七咲「しーっ。声が大きいです。聞かれたらどうするんですか?」
橘「え?七咲今日も部活行けないのか!ケガ、よっぽどひどいんだな」
七咲「……!そうなんです。早く治るといいですが」

僕は咄嗟に嘘を言った。七咲も分かってくれた。

橘「部活って……ケガ平気なのか?」
七咲「まだ治っていませんね。でも、大会の選考が近いので」
橘「そんな状態でいいタイム出るのか?」
七咲「頑張ります」
橘「それはいいんだけど、無理するなよ」
七咲「はい。でも、負けませんから」
橘「……うん。それでこそ七咲。僕の自慢の……」
美也「逢ちゃんおっはよー!」

美也が間に割って入る。

橘「美也、どけよ。今七咲と……」
美也「今日現代文の宿題出てたよねぇ。みゃー分かんなかった」
七咲「え?全然難しくなかったと思うけど?」
美也「本当?」
七咲「現代文って1時間目だったよね。急ごう」
美也「うん」
橘「僕を無視するな!」
橘(何はともあれ、七咲は元気になったようだ)
橘(でも、ケガしてるのに水泳やって大丈夫か?)


放課後

七咲「部長。今日から復帰します」
部長「あら、七咲。捻挫は大丈夫なの?」
七咲「平気です。大会の選考が近いので頑張ります」
部長「あまり無理しないでね」
七咲「はい」
斗部「……」
七咲「……」

斗部さんが七咲を睨む。
七咲も斗部さんをチラッと見る。

部長「それじゃあ、練習スタート!」

部長の号令とともに七咲がプールに飛び込む。
自由形のクロールの練習を行う。
捻挫した足をかばってか、バタ足が少ない。
その代わり、手のかきが強くなっている。

(七咲の回想)
塚原「もし、斗部さんを許したい気持ちが少しでもあるなら、どうすればいいか分かるわね?」
七咲「……はい!」
七咲「あの……塚原先輩」
塚原「うん」
七咲「足はそんなに重傷ではないのですが、やはりこのままではバタ足が弱くなります」
七咲「今度の選考、また自由形のクロールなので心配です」
塚原「足が弱い。だったら手で代償するしかないんじゃない?」
七咲「手で……ですか?」
塚原「バタ足は弱めにして手のかきだけで進むの。そういう練習を重点的に行なってみたら?」
七咲「なるほど」
塚原「無理してバタ足したらそれこそケガがひどくなる」
塚原「七咲の長所はフォームがいいこと。手と足のバランスが多少崩れても十分うまく泳げる」
七咲「分かりました!」
塚原「七咲。私はいつでも七咲の味方だから。負けないでね」
七咲「はい」
塚原「あなたは迷惑をかけたくないって思ってるかもしれないけど、私はむしろ迷惑をかけてほしい」
塚原「それだけあなたのことを大事に思ってるから。彼もきっとそうよ」
七咲「はい!」
塚原「七咲。斗部さんに証明してやりなさい」
塚原「どんな不利な状況に陥っても努力した者は勝つんだってことを」
塚原「斗部さんだって本当はやればできるはずなんだから」
七咲「分かりました!私、もう二度と諦めません」

七咲は泳ぎながら思う。
塚原先輩と約束したんだから、諦めないと。
今度の大会への出場を絶対に決めて、斗部先輩に分からせてやるんだと。

そんな七咲を見ていた斗部さんは……

斗部(どうして!?どうしてまだそんな力が残ってるの?)
斗部(ケガしたら諦めると思ってた。七咲はどうしてここにいるの?)
斗部(今度の大会、必ずあたしが出るんだから!邪魔はさせない!)

偶然、七咲と斗部さんが隣同士のコースに並ぶ。
同時にスタートする!
種目も同じ自由形でクロール。
序盤、バタ足の弱さもあって七咲が若干劣勢だったが、後半、スタミナ切れで斗部さんが後退。
捻挫している割には七咲が勝った。

斗部(嘘……捻挫してて不利なはずなのにどうして速いの?)
斗部(どうして七咲はそこまで強いの?)

この日から七咲は手のかきだけで速く泳ぐ練習を始めた。
それらは毎日行われ、積み重ねられていった。

練習が終わると……

橘「七咲。やっと出てきたか。いつも通り最後だな」
七咲「ええ。誰よりも早く練習を始めて、誰よりも遅く練習を終える。これが私の練習のスタイルです」
橘「無理してないだろうな?」
七咲「大丈夫ですよ。調子は順調です」
橘「そっか」
橘「それじゃ帰ろうか」
七咲「はい。……あ」
橘「ん?」

七咲の目の前に一人の女子水泳部員が現れた。

斗部「……」
七咲「……斗部先輩」
橘「何!?こ、この人が斗部さんか」

僕は両手を握り締めた。

橘「何の用だ?七咲によくも!」

僕は斗部さんに向かって行こうとしたが、七咲に片手で止められた。

七咲「待って下さい。ここは私が」
橘「七咲」
七咲「……」
斗部「……」
七咲「斗部先輩。私は先輩を……」
天殿「あ!翠子!」
斗部「麻衣」

少し離れた場所から僕ら3人を見つけた天殿さんが駆け寄って来た。

天殿「翠子。もうやめて!もうこれ以上彼女を傷付けないで!あなたの大事な後輩でしょ?」
七咲「天殿先輩」
天殿「あなた、あんなに七咲さんのこと気に入ってたじゃない。友達になりたいって言ってたじゃない」
斗部「黙って」
天殿「黙らない。ねぇ、お願いだから、このことを素直に部長に報告して!七咲さんにも謝って」
天殿「大人しく罪を認めて!翠子!」
斗部「麻衣……あなたまた余計なこと喋ったのね。あなたはいつもそう。鬱陶しいのよ」
天殿「翠子」
橘「真面目に心配している友人に向かってそんなこと言うのか」
橘「今回だって天殿さんがいなかったら……」
七咲「別に、謝る必要なんてないですよ」
橘「!」
斗部「え?」
天殿「七咲さん?」
七咲「確かに最初は落ち込みました」
七咲「でも、私は最初から斗部先輩に謝ってほしいなんて思っていませんでした」
七咲「私が入部早々大会に出場したあの時、斗部先輩が褒めてくれたのを今でも覚えています」
七咲「だから、今回斗部先輩が私を大会に出場させないためにわざとケガをさせただなんて思っていません」
七咲「あの時の優しい斗部先輩がこんなひどいことをするなんて今でも信じていません」
斗部「……」
天殿「じゃあどうして落ち込んでいたの?」
七咲「……悔しかったんです。斗部先輩を許したいのに、どうやって許せばいいか分からなかったから」
橘「確かに七咲は最初から自分を犠牲にして斗部さんを許そうとしてたな」
七咲「斗部先輩、水泳が大好きで、私のせいで水泳を諦めさせてしまうのが嫌だったんです」
天殿「そうだったんだ」
斗部「……」
七咲「だけど……ある人に叱られてようやく気付いたんです」
七咲「私だって水泳が好きなのに、斗部先輩をかばって水泳を諦める……そんなのは甘えだって」
七咲「斗部先輩は私を大会に出場させないために私にケガを負わせました」
七咲「だったら!私がケガを負ってでも大会に出場すればいいだけのこと」
七咲「斗部先輩の思惑を潰してしまえば、斗部先輩は何もしなかったことになります」
七咲「そして、こんな不利な状況でも頑張れば乗り越えられるってことを身をもって証明します」
橘「七咲」
七咲「斗部先輩に、努力することの意味をもう一度分かってほしいんです」
斗部「……」
天殿「翠子」
斗部「……」
天殿「何か言いなさいよ翠子」
斗部「……あたしよりも実力が上だからって偉そうに。あたしを許すですって?ふざけないで!」
天殿「翠子」
斗部「あんたのせいであたしがこの1年、どんな思いをしてきたか知らないくせに!」
天殿「翠子。そんな言い方は……」
斗部「うるさい。うるさいうるさいうるさい!もうほっといて!!みんな大っ嫌い」

斗部さんは逃げるように去って行く。

天殿「翠子!」

天殿さんが追いかけた。

七咲「……」
橘「……」
七咲「斗部先輩」
橘「あんな言い方ってないよな」
七咲「……」
橘「そ、そうだ七咲」
七咲「はい」
橘「そ、その、ここんとこ練習続きで疲れてるだろ?」
七咲「……」
橘「今度の日曜日、うちでゆっくりしていかないか?」
七咲「先輩の家?」
橘「うん。部活もないだろ?ちょうど僕以外はいないんだ」
橘(美也は後で何とかしよう)
七咲「いいですけど、勉強は?」
橘「勉強しながら話そう。七咲が一緒だとはかどりそうだ」
七咲「はい」


日曜日

橘「よし、勉強道具取って来るから待ってて」
七咲「はい」

居間で七咲と勉強することにした。
ちょうどよく両親が出掛けている。
美也はというと……

(橘しゅうの回想)
橘「美也!頼みがあるんだ!」
美也「まんま肉まん5個」
橘「分かったから!」
美也「約束だよ?学校帰りに買って来てね」
橘「分かってる!」
美也「それで頼みって?」
橘「明日一日、留守にしてほしい!」
美也「……ええっ?た、頼みってそれだけ?」
橘「うん」
美也「……」
橘「た、頼む!来週模試なんだ。じっくり集中して勉強したいんだ!!」
美也「……紗江ちん、明日遊びに行ってもいい~?」
橘(やった!まんま肉まん5個は痛いけど、七咲のためだと思えば全然痛くない)

橘「よし。お待たせ」
七咲「何が目的ですか?」
橘「え?来週模試だから勉強したいんだけど、七咲と一緒の方が集中できるかなぁって」
七咲「なるほど。そういう名目だったんですね」
橘「う、うん」
七咲「でも、勉強なら何も美也ちゃんを追い出さなくても……」
橘「美也はいない方がいい。僕は七咲と二人っきりがいい」
七咲「……」
橘「……」
七咲「本当は私のことが心配だったんですね」
橘「……」
七咲「だからこうして邪魔者が入らず、二人っきりでじっくり話せる環境を作った。違いますか?」
橘「……何もかもお見通しなんだな」
七咲「私を誘った後で、美也ちゃんをあんなに必死に説得する先輩を見たらすぐに分かりました」
橘「み、見てたのか?」
七咲「教室の前で話していましたよね?分かりますよ」
橘「そ、そっか」
七咲「私、斗部先輩と天殿先輩の前で話した通り、大会の選考を受けることにしました」
橘「塚原先輩に叱られたんだな」
七咲「ええ。誰かさんのせいで」
橘「う……だって、放っておいたら誰にも相談しないだろ?むしろ感謝してほしい」
七咲「ありがとうございます」
橘「う……ぼ、僕は何も」
七咲「いえ、今回もまた橘先輩に助けられました。感謝しています」
橘「えっと、ほ、ほら、勉強しなくちゃ」

僕はさり気なく参考書を開いた。

七咲「先輩」
橘「な、何?」
七咲「感謝していますと言った直後に、こんなことを言うのはどうかと思いますが……」
橘「どうした?」
七咲「しばらく絶交しませんか?」
橘「……は!?」

七咲の口から出た信じられない言葉。
絶 交

橘「ぜ、絶交……だと?」
七咲「あ、勘違いしないで下さい。別に先輩のことを嫌いになったわけじゃないんです」
七咲「ただ……」
橘「ただ?」
七咲「私は大会の選考が、先輩は模試が近いです」
七咲「だから、少しの間絶交して、お互いの目標に集中すべきだと思うんです」
橘「……びっくりした。そういう意味か」
橘「てっきり僕に一生逢いたくないって意味かと思った」
七咲「それはありません。先輩には感謝していますから」
橘「だよな。七咲らしいよ」
七咲「私らしい?」
橘「斗部さん、どんなに努力しても水泳上手にならなかったって言ってただろ?」
橘「斗部さんは努力することに何の意味も見出せなかった」
橘「だから、努力して上達していく七咲に嫉妬していたんだな」
橘「ケガをさせてまで七咲の邪魔をしたかった」
橘「でも、おかげでチャンスじゃないか」
橘「このケガをしている不利な状態から這い上がって、大会メンバーに選ばれれば……」
七咲「ええ。斗部さんだって努力すればできるんだってことを分からせてあげるチャンスですね」
橘「斗部さんはきっと、ケガをした七咲は大会に出場できないと思っているはずだ」
七咲「だからこそ……ですね」
橘「そこが七咲らしいよ。そういう考えができるのが七咲らしいよ」
七咲「いえ。私らしさではないです。前部長の命令ですから」
橘「でも、自分にひどいことをした相手でも許せてしまうのは七咲だけじゃないか?」
七咲「かもしれませんね。塚原先輩なら絶対に許さないそうです」
橘「な?だから七咲らしさだ」
七咲「そう言われてみればそうですね」
橘「……分かった!そういうことなら絶交しよう!」
橘「考えてみれば僕も今、斗部さんと同じ立場にいるんだ。受験勉強を頑張らないとな」
七咲「はい。そうして下さい」
橘「あ、絶交前に一つ約束しよう。お互いに無理はしない」
橘「僕は多少無理をしないと成績上がらないかもしれないけど、七咲はケガを悪化させないように」
七咲「ええ。そうですね」
橘「無理をしないという意味はそれだけじゃない」
七咲「え?」
橘「例え絶交中であっても、何か悩みや嫌なことがあったら遠慮なく相談する!」
七咲「相談?」
橘「うん。特に七咲かな」
七咲「私が?」
橘「斗部さんのことを信用しないわけじゃないけど、また何か嫌がらせをされたら僕に相談してほしい」
七咲「先輩」
橘「迷惑だからって遠慮するな。むしろ七咲にだったら迷惑かけてもらいたい」
橘「七咲は僕にとって受験勉強よりも大事な存在だ」
橘「僕、七咲が傷付けられるのは絶対に嫌だ。守りたい。他を犠牲にしてでも!」
七咲「せんぱ……」

今にも泣き出しそうな七咲を自分の胸に引き寄せた。
七咲の泣き顔を見ないように、七咲の顔を僕の胸に埋めた。

橘「七咲。あんなにつらかったはずなのに、よくここまで立ち直った。偉いと思う」
七咲「ぐすっ、ぐすっ、先輩」
橘「ほら、今僕には七咲の泣き顔は見えない。僕の胸で思いっきり泣いていいよ」
七咲「はい」

ただただ泣いている七咲を僕は黙って受け止めた。
時折、そっと優しく頭を撫でながら。

七咲「ぐすっ、ぐすっ。……先輩」
橘「ん?」
七咲「もう……平気です」
橘「そっか。もう気は済んだな?」
七咲「はい」

泣き止んだ七咲をそっと離した。

橘「七咲がつらいところからようやく立ち直って、斗部さんを想って選んだ答え」
橘「そこまで真剣に考えたなら僕も従うよ」
橘「でも、もしも僕が必要になった時はいつでも声をかけてほしい」
橘「今みたいにきちんと七咲を受け止める。僕の胸をいつでも貸してあげるから」
七咲「ありがとうございます」
橘「じゃあ、これで本当にいいんだな?」
七咲「はい!」
橘「それじゃあ……これが絶交の印」
七咲「ん……」

七咲にキスをした。
一旦唇を離す。

橘「……」
七咲「んん……」

今度は七咲が僕にキスをした。
それもちょっと強めに。
“絶交してもいつでも先輩のことを頼りにしています”という強い意志の表れだ。

橘「……逢」
七咲「……しゅう先輩」
橘「……って!勉強どころじゃないな、もう」
七咲「あれ?もうこんな時間ですか?」
橘「そろそろ夕方だな。みんな帰って来る」
七咲「なら、早めに帰った方がいいですね」
橘「そうだな。逢はいないことになってるから」
七咲「よいしょ」

逢が捻挫した足をかばいながら、ゆっくり立ち上がる。

橘「大丈夫か?」
七咲「平気です」
橘「難なら途中まで一緒に行こうか?」
七咲「絶交したんじゃなかったんですか?」
橘「まだだろ。おうちに帰るまでは今のままだ」

僕は逢に背を向けてしゃがんだ。

橘「乗って」
七咲「何してるんですか?」
橘「見て分からないか?おんぶだよ」
七咲「え?べ、別に平気ですよ。来る時だって一人で……」
橘「何を恥ずかしがっているんだ?逢が大事だからこうして……」
七咲「う……分かりました」
七咲「こうですか?」
橘「いくぞ!せいの!」

逢をおんぶした。

橘「お、軽い!」
七咲「当然です。もしかして、重いと思っていました?」
橘「え?そ、そりゃあ、部活で鍛えた筋肉の分だけ体重が……」
七咲「……」
橘「ご、ごめんなさい」
七咲「さあ、行きましょう」

初めて逢をおんぶした。
失礼な言い方だけど、意外に軽かった。
し、しかし……

橘(僕の背中に二つの感触が!こ、これは、胸か!)

考えてみれば、初めて逢をおんぶしたんだ。
僕の背中に逢の胸が当たってるし、触りどころを間違えたら、逢のお尻を……

七咲「ほら、何してるんですか?早く進んで下さい」
橘「わ、分かったよ」
七咲「あ、玄関で私の靴を取って下さい」
橘「了解」

玄関を出て、いつも歩いている道を、今度は七咲をおんぶしながら歩く。
新鮮な感覚だ。

橘「乗り心地はどうだ?」
七咲「最高です。ありがとうございます」
橘「そ、そっか。よかった」
橘(うう、自分で言い出したことなのに、緊張する)
橘(でも、いざおんぶしてみると、七咲って何かふわふわしてて気持ちいい)
橘「……」
七咲「……」
橘(もうちょっとで七咲を下ろす地点だ。だけど、このままでいたい)
橘(このまま、七咲をおんぶしたまま、どこかへ行ってしまいたい)

そんないけないことを考えていたら……

カプッ。

橘「ひぃ!」

七咲が僕の耳をアマガミした!

七咲「ふふっ。先輩いきなり変な声出さないで下さい」
橘「だ、だって、七咲がいきな……おわ!」

僕はびっくりしてバランスを崩した!

七咲「あ!せ、先輩!だめ!手が、手が!ああん」
橘「七咲!暴れるな!持ちこたえて……あっ、この感触」

何か今柔らかいものに触れた。

七咲「先輩、どこ触っているんですか!」
橘「ごめん!」

何とか間一髪、七咲は無事に着地できた。

橘「ふぅ。危なかった」
七咲「それはこっちのセリフです」
橘「もう!いきなりふざけて耳をアマガミするなよ。びっくりしただろ」
七咲「ふざけていません。先輩こそ私のお尻を触らないで下さい!変態」
橘「あ、あれは不可抗力だよ。七咲が暴れるから」
七咲「先輩」
橘「な、何?」
七咲「本当に絶交しましょうか?」
橘「え?そ、それだけは勘弁!」
七咲「……」
橘「七咲、許してくれよ!本当に事故なんだから!」
七咲「……また明日」
橘「七咲……」

七咲は最後に笑みを浮かべて去って行った。
許してくれたのだろうか?


それからというもの、約束通り、僕も七咲もお互いの目標に突き進んでいった。

橘「梅原。たまには一緒にお昼食べないか?」
梅原「……!?」
橘「どうした?」
梅原「おまえ、具合悪いか?」
橘「は?」
梅原「具合悪いかって聞いてんだ。熱でもあるんじゃないか?」
橘「何でだよ」
梅原「いつも七咲と一緒に食べているお前が、今日に限って俺を誘うなんて。何かあっただろ?」
橘「別に。今日はこういう気分なんだ」
梅原「七咲とケンカでもしたのか?」
橘「いや。ちょっと色々あってな。話し合った結果がこうだ」
梅原「そうか。よし、んじゃ飯買いに行くぞ!」
棚町「いいわねぇ!」
橘「だろう?」
棚町「たまにはさ、おつかいジャンケンとかやらない?」
橘「ああ、たまにはいいなぁ……って!何でお前がいるんだよ?」
棚町「いちゃ悪い?」
橘「いや、悪くはない」
梅原「ようし!負けた奴が買って来る約束だな!」

七咲「美也ちゃん。お昼一緒に食べよう」
美也「え?逢ちゃんも?」
七咲「うん」
美也「めっずらしいね。お兄ちゃんは一緒じゃないの?」
七咲「今日は別」
美也「ケンカ?」
七咲「ううん。今日はこういう気分ってだけ」
美也「じゃあ、紗江ちん。食堂行こう」
中多「うん」

橘「そして結局僕が負けた……。ありえない」
美也「それでね、紗江ちんったらおっかしいんだよ」
中多「み、美也ちゃん……恥ずかしいよ」
七咲「ふふっ」
橘(七咲……い、いや、話しかけないぞ)

僕と七咲は無言ですれ違った。

美也「あれ?お兄ちゃんだ。逢ちゃん、話しかけないの?」
七咲「うん。何か忙しそうだから」
美也「模試が近いんだっけ?お兄ちゃん、柄じゃないのに勉強張り切っちゃって」
中多「でも、偉いと思う」
七咲「あの先輩が勉強……ちゃんとやってるんだ」
美也「知らないの?お兄ちゃん、毎日遅くまでやってるよ」
七咲「……」

橘(七咲、元気そうで安心した)
七咲(先輩も頑張っているんだ……よし!私も頑張る!)


こうして、約一週間絶交を続けた。

一週間後……

橘「信じられません!」
高橋「ええ。私も驚いたわ。頑張ったのね」
橘「ありがとうございます」
橘(よーし!早速七咲に報告だ!)

部長「大会メンバーを発表します」
部長「自由形。1年生からは……、2年生からはB組七咲逢……」
七咲「!」
斗部「……」
部長「3年生からは私と……以上」
部員「七咲!やるじゃん!」
部員「足捻挫してんのにすごいよ」
部員「わが校最速だって!」
七咲「そ、そんな……」
部長「七咲。大会一緒に頑張ろうね」
七咲「はい!」
斗部「……」
七咲(先輩に報告しないと!)

橘「七咲!」
七咲「先輩!」
橘「……」
七咲「先輩、あの……」
橘「おめでとう!」
七咲「え?」
橘「その表情見れば分かるよ」
七咲「ありがとうございます」
七咲「あの……先輩こそ、おめでとうございます」
橘「ありがとう」
橘「七咲のおかげだよ」
七咲「いえ、私は何も……」
橘「もう、絶交する必要ないよな?」
七咲「そうですね」
橘「あ、ここじゃまずいか。また後であれをやろう」
七咲「はい」
橘「それはそうと……何か騒がしくないか?」
七咲「え?」

プールの方から何か聞こえる。

橘「もしかして!」
七咲「行きましょう!」


部長「斗部さん、本当なの?」
斗部「ごめんなさい」
七咲「どうしたんですか?」
部長「あ、七咲。ちょうどよかった」
七咲「え?」
部長「あなたの足の捻挫、斗部さんの仕業だって本当?」
七咲「どうしてそれを?」
斗部「あたし、間違ってた」
橘「……」
斗部「本当にすみませんでした」

斗部さんが土下座した。

部長「斗部さん、自分でそう言ってた」
橘「え?自白したってことか」
部長「そういうこと……って、あなた部外者でしょう?」
橘「失礼な!僕も関係者だ!」
部長「水泳部じゃないでしょ?」
七咲「部長。彼も一応関係者です。一緒にいてもいいですか?」
橘「七咲」
部長「え?ああ、そういうことならいいけど」
斗部「部長。今まで黙っていてすみませんでした」
斗部「あたし、七咲に嫉妬していたんです」
斗部「あたしは入部以来、ずっと大会に出ていました」
斗部「なのに、全然結果が出せなくて、去年の春に入部した七咲に追い抜かれてしまいました」
斗部「あたし、誰よりも部活を頑張ったのに、それでも全然だめで。努力するのが虚しくなりました」
斗部「最初は七咲を応援していましたが、努力して伸びていく七咲に次第に嫉妬していきました」
斗部「今回、最後の大会なのに七咲がいるから出られない」
斗部「そう思ったら何だか七咲のことが邪魔に思えて……それで」
部長「そうだったんだ……。でも、どうして相談してくれなかったの?」
斗部「……」
橘「相談しても無意味だったんだよ。斗部さんの悩みは相談しても解決しないから」
斗部「確かにあたしは七咲にケガを負わせた。大会にあたしが出るために」
斗部「でも、七咲はそんなあたしを憎むどころか許してくれた」
斗部「あたしは、七咲にこんなひどいことをしたのに、あたしのことを恩人って……」
斗部「たった一回、七咲を応援しただけなのに、そのことを覚えていて、あたしを……」

斗部さんは泣き出した。

天殿「翠子」
斗部「麻衣」

いつの間にか天殿さんが現れた。

二人は抱き合った。

部長「でも、結果的には七咲が選考に受かって、斗部さんが選考に落ちた」
部長「七咲のことを恨んでないの?」
橘「恨む?違うよ。逆だよ」
部長「逆?」
七咲「ええ。私が選考に受かることで斗部先輩にはいくつかメリットが生まれました」
部長「どういうこと?」
七咲「斗部先輩が私にケガを負わせた理由は、私を大会に出させないため」
橘「もし、七咲がケガを負っていなかったら七咲が選考に受かっていた」
橘「だが、ケガを負った今でもちゃんと七咲が選考に受かった」
橘「つまり、ケガを負っても負わなくても結果は同じになった」
七咲「だから、これでやっと斗部先輩の罪を帳消しにできました」
七咲「彼女には謝る理由がないし、処罰される必要もありません」
部長「なるほど」
七咲「それだけではないです」
部長「まだあるの?」
七咲「私はこんなケガをした不利な状況でも努力して勝利を勝ち取ることができました」
七咲「努力が無意味だと諦めていた斗部先輩に、努力することの大切さを教えることができました」
七咲「斗部先輩も私と同じで水泳が大好きなんです」
七咲「だから、こんなことで斗部先輩の水泳人生を終わりにしたくはなかったんです」
七咲「もう一度、ここからやり直してほしいです」
斗部「七咲」
七咲「斗部先輩」
斗部「ごめん!七咲、ごめん!」
七咲「謝らないで下さい。私が頑張った意味がないじゃないですか!!」
斗部「そう……だね」
橘「……」
部長「よかった」
天殿「翠子!」
斗部「麻衣!ごめん」
天殿「謝らないで!私が頑張った意味がない!」
七咲「天殿先輩!」
天殿「へっへっへ、セリフパクっちった」
七咲「もう……」

こうして斗部さんと七咲は和解した。
斗部さんに分かってもらえてよかった。


次の日曜日……

七咲「お邪魔します」
橘「足はもう大丈夫か?」
七咲「はい。完治しました」
橘「そっか、よかった」
七咲「捻挫していた時、手のかきだけで速く進む練習をしていたので……」
七咲「捻挫が完治してバタ足を合わせたらさらに速く進めました」
橘「じゃあ大会はばっちりだな」
七咲「かもしれません」
橘「何だよ、もっと自信持てよ」
七咲「他校にはもっと速い選手がいますから。私なんてまだまだです」
橘「そ、そうか」
七咲「先輩も、余裕でいると大変なことになりますよ?」
橘「う、が、頑張るさ」
七咲「ふふっ」
橘「じゃあ……逢」
七咲「はい、しゅう先輩」

僕と逢は再びキスをした。
絶交終了の印だ。
そして抱き合った。

橘「よく頑張ったな」
七咲「先輩こそ」
橘「そんな……。七咲がいてくれたからさ」
七咲「私も、先輩がいてくれたから」
橘「……」
七咲「……」
橘「あ。もう、塚原先輩にお礼は言ったか?」
七咲「いいえ」
橘「どうして?」
七咲「“お礼は言わなくていい”って先に言われてしまいました」
橘「あっちゃあ。先越されたか」
七咲「あと、部長や斗部先輩に塚原先輩とのこと、バレてしまいました」
橘「え?」
七咲「“ある人に叱られた”って言っただけで、“七咲を叱るのは塚原先輩くらいだろう”って」
橘「お見通しか」
七咲「水泳部の、誰もが尊敬する先輩ですから」
橘「七咲も、もう尊敬されているんじゃないか?」
七咲「え?」
橘「だってさ、悪いことした人を迷いもなく許したじゃないか」
七咲「あ……」
橘「七咲も来年、いい部長になれると思う」
七咲「先輩……」
橘「僕も陰ながら応援してるよ」
七咲「……」

七咲が僕の胸に顔を埋めた。

橘「お?泣くのか?いいぞ」
七咲「違います!」
橘「え?泣かないのか」
七咲「……照れて、いるんですよ」
橘「はい??今何て?」
七咲「……先輩のばかっ!」
橘「おわっ!」

七咲は僕を突き飛ばした。
そして僕の上に覆い被さり……

七咲「んん……」
橘(……逢)


その後、斗部さんは水泳部を引退した。
聞いた話によると、大学でも水泳を続けているそうだ。
目標は“打倒七咲”
水泳だけでなく、人柄の改善も頑張っているそうだ。
七咲みたいに……
水泳が得意ってだけでなく、どんな人でも許せる寛大な心も持った人間になることが斗部さんの目標らしい。

明るい未来に向かって……
飛べ(斗部)、翠子!




七咲アフターストーリー
エピソード特別編「夢を諦めないで!七咲、決死の闘い」

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2011-11-27

エピソード特別編「夢を諦めないで!七咲、決死の闘い 前編:絶望」

高校3年生の熱い熱い夏休みが終わってしまった。
僕はひたすら受験勉強……いや、七咲のインターハイを応援しに行ったこともあった。
七咲は本当は僕に応援しに来てほしかったのに、照れ隠しで受験勉強を理由に僕を突き放した。
その結果、本番で緊張していい結果が出せなくなりそうだった。
間一髪、梅原の助け舟のおかげで、僕が応援しに行き、七咲は無事優勝したんだ。
思い出に残る、熱いインターハイだった。

インターハイを終えた後も、七咲はひたすら練習を積み重ねている。
僕も本格的に受験勉強をしている。
そんななか、不穏な動きが。

女子生徒「っく」

一人の女子生徒が廊下の隅で歯を食いしばり、拳を握り締めて、何やら悔しそうな表情を浮かべていた。

女子生徒「なんでなの?なんでまた……」
女子生徒「七咲逢……絶対に許せない」


女子生徒の自室?

女子生徒「七咲逢……あの子のせいであたしはインターハイに選ばれなかった」
女子生徒「あの子が入部するまでは毎回あたしが大会に出ていたのに、あの子のせいで」
女子生徒「はぁ、久しぶりに選ばれた時は嬉しかった」
女子生徒「そう……去年のクリスマス近く。七咲逢が自由型と背泳の選考に落ちた時」
女子生徒「でもそれ以降は……また」
女子生徒「悔しい!!」
女子生徒「そうだ!今度大会がある!!今度こそあたしが出る!あの子は出させない!」
女子生徒「あたしにとって最後の大会だから!!あたしが、あたしがやらなくちゃ!!」
女子生徒「ケガでもさせて大会に出られなくすれば!……よしっ、見てなさい」


放課後
2年B組の教室前

七咲「さてと、練習行かなくちゃ」
橘「あ、七咲。今日も練習?」
七咲「はい。大会の選考が近いので」
橘「インターハイ終わったのに大変だな」
七咲「ええ。勉強と同じで、終わりがない闘いですよ」
橘「そっか」
七咲「先輩こそ勉強して下さいね」
橘「う……それを言うなよ」
七咲「クスッ。じゃあ、また」

校舎裏

七咲がプールに向かおうとした曲がり角で……

ズルッ。

七咲「きゃっ」

ドサッ。

女子生徒「あら、ごめんなさい」
七咲「い、いえ」
女子生徒「おケガはない?」
七咲「大丈夫です」
女子生徒「そ」

女子生徒は去っていく。
一瞬だけ振り向き、七咲を睨みつけた。

七咲「……早く練しゅ……いっ」
七咲「足……くじいた」

どうやら女子生徒に足をひっかけられて転んだ拍子に捻挫したようだ。

橘(昨日七咲に借りたハンカチを返すの、すっかり忘れてたな)
橘「練習前だからまだ……あ、いた。七咲!」
七咲「先輩?」
橘「ごめん。ハンカチ返すの忘れてた」
七咲「そ、そうですか」
橘「……何してたの?」
七咲「い、いえ、ちょっと転んだだけで……」

七咲が立ち上がろうとしたら……

七咲「うっ」

あまりの痛さに足を押さえた。

橘「ちょっと見せて」
七咲「あ、先輩」
橘「……捻挫してるじゃないか!早く保健室行かないと」
七咲「で、でも、練習が」
橘「練習どころじゃないだろ!早く保健室行こう」
七咲「……はい」

陰で……
女子生徒(そうそう、ケガしたから治療しないとね)
女子生徒(ふっふっふ、次の大会は絶望的ね)
女子生徒(そしてあれが噂の彼)
女子生徒(インターハイで恥ずかしいくらいの大声を張り上げて七咲逢を応援していた……)
女子生徒(水泳ができて、おまけに彼氏もいるなんて……許せない。爆発しなさい)

さらに陰で……
女子生徒「あの子……」


その後……

橘「やっぱり捻挫だったか」
七咲「……」

保健室で簡単なテーピングを施してもらった七咲に肩を貸しながら一緒に歩く。

橘「……治るかな?その、選考までに」
七咲「……」
橘「あ、ごめん」
七咲「……分かりません」
橘「さっき何があったんだ?事故なのか?」
七咲「……そうです」
橘「……」
七咲「先輩、勉強は?」
橘「勉強してたらハンカチのこと思い出して届けに来たんだ。まさかこんなことになるとは」
七咲「すみません」
橘「どうして七咲が謝るんだ?事故なんだろ?」
七咲「ご迷惑をおかけしました」
橘「迷惑だなんて……」
橘「あ、今日はこのまま一緒に帰ろう。急いで帰る支度して来るからここに座って待ってて」

ちょうどよくベンチを見つけた。
そこに七咲を座らせて、僕はダッシュで図書館に戻った。

七咲「……」
女子生徒「あの……ちょっといいかしら?」
七咲「……はい?」
女子生徒「あなたさっき校舎裏で捻挫した生徒よね?」
七咲「……!なんでそれを?」
女子生徒「私、一部始終見てたの。あれは事故じゃない」
七咲「……どういうことですか?」
女子生徒「あなたとすれ違った子。あの子、私の同級生なの」
七咲「え?」
女子生徒「紹介が遅れたわ。私は3年C組の天殿麻衣」
七咲「3年C組?斗部先輩の?」
天殿「うん」
七咲「事故じゃないってどういうことですか?」
天殿「翠子、最初からあなたを待ち伏せていたの。あなたにケガをさせて大会に出させないために」
七咲「……!そんな」
天殿「嘘だと思うでしょ?でも本当なの」
七咲「……」
天殿「あなた知らないかもしれないけど、斗部翠子は水泳部入部以来、ほぼ全大会に出ていたの」
七咲「聞いたことはあります」
天殿「うん。でも最近影薄くなったでしょ?大会にも全然出なくなった。どうしてだと思う?」
七咲「え?」
天殿「翠子、去年の春から大会の選考に落ち始めているの」
七咲「去年の春?……まさか、私?」
天殿「……」
七咲「そ、そんな……だってあの時」

(七咲の回想)
塚原「入部早々大会に出るなんて快挙よ」
七咲「そ、そんなこと……ないです」
塚原「ふふっ。上級生もうかうかしていられないわね」
斗部「本当ですね。頼もしいけど、あたしたちにとっても恐怖ね」
七咲「え?」
斗部「しっかりやれよ、新人。あたしも頑張るからさ」
塚原「そうね。頑張らないとね」

天殿「……確かにあの時は翠子も嬉しそうだった。七咲と友達になりたいって言ってた」
七咲「そんな優しかった斗部先輩があんなことをするなんて……信じられません」
天殿「……」
七咲「……」
天殿「翠子、時々言ってたよ。“水泳部辞めたい”って」
七咲「え?」
天殿「水泳部入部以来、ほぼ全大会に出ていたのは事実。だけど、いつも結果を残せなかった」
天殿「そんな中、あなたが入部した。それと同時に水泳部のレギュラーから斗部翠子の名前は消えた」
天殿「無理もないわ。入部早々、あなたの方がはるかに上だったんだから」
天殿「大会メンバーでいつも下の方にいた、いつもギリギリ大会メンバーに選ばれていた翠子」
天殿「その翠子を蹴落とす形であなたが大会メンバーに選ばれた」
天殿「だから翠子、いつもあなたに大会に出るという夢を阻まれて悔しかったんだと思う」
天殿「水泳部を続けるのが欝になっていたんだと思う」
七咲「だったら……どうして頑張らなかったんですか?そんな自分勝手な理由で私を……」
天殿「……あなたに追い付けなかったんでしょう」
天殿「翠子、水泳部の練習をサボったことは一度もなかった。水泳部の練習が楽しいって言ってた」
天殿「だけど……どんなに努力してもいつも結果は変わらない」
天殿「努力することに絶望したのかもしれないわ」
橘「ごめん、七咲。梅原に捕まって遅れちゃ……誰だ?」
七咲「だからって……ケガをさせて大会に出させないなんて……そんなの卑怯じゃないですか!!」
七咲「斗部先輩らしくない!!」
天殿「……」
天殿「あ、ごめんなさい。もう話は済んだからこれで失礼するわ」
橘「あ……うん」

誰だか分からないけど、七咲と話して去って行った。
何故か七咲が泣いている。

橘「……い、一緒に帰ろうか。ほら、肩つかまって……」
七咲「ほっといて下さい!」

七咲がそっぽを向いた。

橘「あ……ごめん」
七咲「……すみません。一人にして下さい」
橘「……自力で帰れるか?途中まで肩貸すけど?」
七咲「……」

七咲は何も言わなかった。
お節介かもしれないけど、黙って七咲に肩を貸した。
お互い何も喋らないまま、途中まで一緒に帰った。


翌日

やっぱり昨日の七咲が気になって、教室に様子を見に行ったが……

美也「あ、まっず~い。英語の宿題忘れた」
七咲「……」
美也「ねぇ、逢ちゃん?英語の宿題やってきた?」
七咲「……」
美也「逢ちゃん?逢ちゃん!」
七咲「……え?何?」
美也「どうしたの、ぼんやりしちゃって」
七咲「ん?ちょっとね」
美也「もしかして、お兄ちゃんとケンカでもしたの?」
七咲「……ううん。ちょっと色々あって。それよりも、何か用?」
美也「あ、えっと、英語の宿題やってきた?美也忘れちゃったから見せてほしい」
七咲「英語?宿題なんてあったっけ?」
美也「……え?昨日言われたよ。ここ和訳して来なさいって。今日出席番号で当てられるよ」
七咲「そう、だったんだ」
美也「え~、もしかして逢ちゃんも?」
七咲「……うん」
美也「大変だよ!忘れたら補習!紗江ちん、英語の宿題やってきた?」
中多「うん。ばっちりだよ」
美也「ごめ~ん、紗江ちん。みゃーと逢ちゃんに見せてくれない?」
中多「いいよ」
美也「ありがとう!」
七咲「ありがとう」
中多「別に、お礼なんて」
橘(やっぱり七咲、昨日のことが気になって宿題忘れたのか)
橘(どうしたらいいんだろう?)
橘(とりあえず屋上に行って考えよう)


屋上に行くと……

橘「あれ?昨日の……」
天殿「あら、あなた昨日の……」
橘「ちょうどよかった。昨日何があったか聞かせて」
天殿「いいわよ」

僕は天殿麻衣さんから昨日の一部始終を聞いた。
要するに七咲に対する逆恨みか。


放課後、七咲を教室前で待った。
たぶん捻挫してるから今日も水泳部の練習を休むと予想した。

七咲「あ、先輩」
橘「今日も一緒に帰ろう」
七咲「でも先輩勉強……」
橘「行くよ」

僕は半ば強引に七咲を連れ出した。

陰で……

斗部(またあの二人、イチャイチャしてる。でもいいわ。七咲はこれで諦めるでしょう)
斗部(最後の大会はあたしが出る。水泳部の練習行かなくちゃ)


七咲を公園まで連れ出して、ベンチに一緒に座った。

橘「痛み、少しはひいたか?」
七咲「おかげさまで」
橘「よかった」
七咲「……先輩、どういうつもりなんです?」
橘「どういうって?」
七咲「大事な受験勉強をサボってまで私を連れ出すなんて」
橘「……話がしたかったんだよ。ダメか?」
七咲「でも、受験勉強が……」
橘「あのなぁ、僕にとっては七咲の方が大事なんだよ。受験勉強なんて二の次だ」
七咲「……」
橘「あの後宿題も手につかないくらい落ち込んでしまった七咲を放っておけなかった」
七咲「宿題?」
橘「さっきちょっと様子を見に行ったんだ。英語の宿題忘れてただろ?」
七咲「また覗きですか?」
橘「僕の崇高な趣味だからな」
七咲「……変態」
橘「ほっとけ」
橘「その後、屋上に行ったんだ。考え事するために。そしたら天殿さんに逢った」
七咲「天殿さん?」
橘「全部聞いたよ。斗部さんが七咲に逆恨みしているって話」
七咲「そういえば同じ学年でしたね」
橘「……七咲。受け入れるのはつらいかもしれないけど、斗部さんが変わってしまったのは事実だと思う」
橘「七咲の入部当初は確かに優しかったのかもしれない。だけど……」
七咲「そんなはずありません!!斗部先輩は……斗部先輩は……」
橘「斗部さんだって人間だ。変わる時は変わる」
橘「人間は常に変わっていく生き物だと思う。七咲だって僕に出逢う前と今じゃ全然違う」
橘「斗部さんもやっぱりだんだん七咲に嫉妬していったんだ」
七咲「……」
橘「斗部さん、3年生だから、最後の大会だ。どうしても出たかったんだと思うよ」
橘「だけど、いくら頑張っても七咲には勝てない。だから……」

パーン。
七咲の平手打ちを受けた。

橘「うっ」
七咲「勝手なこと言わないで下さい!」

去って行こうとする七咲の手を無理やり掴んで引き止めた。

橘「待てよ!」
七咲「離して下さい!」
橘「七咲!やっぱりこのこと、部長とか塚原先輩にきちんと報告しよう」
橘「七咲は受け入れられないかもしれないけど、事実なんだ」
橘「斗部さんはそれ相応の処分を受けるべきだ。こんなの、スポーツマンシップに反する」
七咲「処分を受けたら斗部先輩はどうなるんですか?」
橘「どうって……退部しかないよな。どの道、そろそろ引退しなきゃいけない」
七咲「斗部先輩、前に私に話してくれたんです。将来は水泳の選手になれたらいいなって」
七咲「でも、ここで退部になってしまったら、もう水泳を諦めるしかないじゃないですか!」
七咲「私のせいで、斗部先輩の夢を潰したくありません」
七咲「私が大会に出なければ済むだけの話じゃないですか!」
七咲「部長や塚原先輩にだって迷惑がかかります」
橘「……七咲はそれでいいのか?本当にそれでいいのか?」
七咲「……はい」
橘「違うだろ!斗部さんはズルして勝ち上がろうとしてるんだぞ?それに何の意味がある?」
橘「間違った方法で得た結果に価値なんてない!斗部さんのためにはならないんだぞ!」
橘「自分のしたことをちゃんと反省させて次に進まなければまた同じことを繰り返す」
橘「七咲だって、斗部さんに捻挫させられたから大事な大会に出られない」
橘「しかもそれを知らない人は七咲が自分の不注意で捻挫した自己責任だと勘違いする」
橘「そんなの、悔しくないのか!斗部さんのせいで汚名を着せられるんだ」
橘「結局のところ、七咲と斗部さん、二人にとってよくない選択肢だ」
七咲「じゃあ、どうしたらいいんですか?」
七咲「私が諦めたら私が損するし、斗部先輩にとってもよくない……」
七咲「かといって、斗部先輩のことを報告したら、斗部先輩は退部。私だってどの道大会には……」
七咲「どっちに転んでも私は不利じゃないですか!!どうすればいいんですか?」
橘「そんなの……僕に聞かれても分からないよ」
七咲「無責任です」
橘「だけど、七咲のことだから、きっと一人で背負い込んでどうにかしようとするに決まってる」
橘「迷惑だからといって、部長や塚原先輩だけじゃなく、僕や美也にまで頼ろうとしない」
橘「そうしてあのクリスマスの前みたいに抱えきれない思いに押し潰される」
橘「そんなの、黙って見ていられない。こういう時は誰でもいいから頼るんだ」
橘「今夜、塚原先輩に電話してみたらどうだ?」
七咲「迷惑ですよ……」
橘「迷惑なもんか!七咲のことを一番気にかけているのは塚原先輩だ。きっと真剣に聞いてくれる」
七咲「……」

僕はそっと七咲の手を離した。

橘「……大分日が落ちてきたな。そろそろ帰ろう」
七咲「……」

僕は七咲をそっと抱きしめた。

橘「大丈夫。僕は知っている。七咲は強い。こんなことで負けるような弱い七咲じゃない」
橘「明日、いい報告を待ってるから」
七咲「……はい」

七咲を離した。

橘「それじゃ、気を付けて帰れよ」
七咲「はい」

七咲と別れた。

橘(たぶん……分かってくれただろうな)
橘(だけど心配だな。ここは余計なお世話かもしれないけど……)


その夜

七咲「……」

七咲は今日僕に言われたことを考え、ためらっている。

七咲「……よし」

電話機に手を伸ばした瞬間……

ピリリリ

七咲「え?……もしもし、七咲です」
塚原「七咲。久しぶり」
七咲「つ、塚原先輩」
塚原「ごめんね。もう彼から事情を聞いたの」
七咲「……いえ、ありがとうございます」
塚原「……元気なさそうね。七咲らしくない」
七咲「そうですか?」
塚原「いつもの調子はどこにいったの?」
七咲「すみません」
塚原「……それで?七咲はどうしたいの?」
七咲「え?えっと……分かりません」
塚原「もしかして、自分を犠牲にしてでも斗部さんをかばいたいの?」
七咲「……」
塚原「斗部さんは前に七咲を励ましてくれた恩人。だから退部してほしくない」
塚原「斗部さんは水泳が好きだから水泳を諦めてほしくない」
塚原「違う?」
七咲「……そうです」
塚原「……七咲。甘えないで!」
七咲「!」

塚原先輩は珍しく声を荒らげた。

塚原「七咲にとって水泳ってそんなものなの?あなたも斗部さんと同じで水泳が好きじゃないの?」
塚原「ケガさせられたから仕方がない……そんな理由で大好きな水泳を諦めるの?」
塚原「私の知っている七咲はそんな弱い子じゃない」
塚原「他の部員を蹴落としてでも実力で勝ち上がっていく強い子」
塚原「私は誰よりもそんな強い七咲が好きだった。今でも好き。私の憧れる七咲」
塚原「それに比べて斗部さんは卑怯ね。私だったら絶対に許さない」
塚原「斗部さんに水泳を諦めさせてでも不正は正すと思う」
塚原「だって、自分は間違ったことはしてないんだから。どうして自分が不利にならなくてはいけないの?」
七咲「う……」

七咲は泣き出す。

塚原「でも、そうさせないのは七咲の優しさね。私にはない部分かもしれないわ」
七咲「先輩……私、どうしたら?」

七咲は泣きながら震える声で塚原先輩に訴えかけた。

塚原「……ねぇ、七咲。斗部さんってどうしてあなたにケガを負わせたんだっけ?」
七咲「それは、私を大会に出させないために……」
塚原「そう!そこよ!」
七咲「え?」
塚原「もし、斗部さんを許したい気持ちが少しでもあるなら、どうすればいいか分かるわね?」
七咲「……はい!」

七咲は涙を手で拭った。
同時に目付きが変わった。

ここから、七咲の凄まじい逆転劇が始まる!



後編へ続く

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2011-11-23

エピローグ特別編「先輩、待望の長男ですよ!! 後編:多くの人に支えられて幸せな子」

とうとう逢の第二回目の妊娠生活が幕を開け、序盤から順風満帆に時が過ぎていった。

七咲家

祈「ブロッコリーゆでたよ。次は?」
逢「アスパラガスお願い」
祈「うん」

祈は逢の指示に従いながら調理している。
逢も祈に指示を出しながら手際よく調理している。
ここに僕の入る余地はない。
台所は女二人に任せておけばどうにかなるレベルだった。
さすが、去年とは大違いだな。
祈がいれば百人力だ。
その僕はというと……

逢「はい、私です」
逢「……ええ。はい。分かりました」
逢「お父さん、お仕事で遅くなるって」
祈「じゃあ、先に食べるってことだね」
逢「祈は先に食べて。お母さんはお父さんの帰りを……」
祈「だめ」
逢「え?」
祈「お母さんもいっしょに食べよう。それで早く休むの」
逢「祈……」
祈「えっと……と、図書館でしらべた。あまり食べるのがおそいのはよくないって」
逢「……そうだね」
祈「えっと、お、お父さんが帰って来たら……」
逢「うん。一緒にお話しよう」
祈「うん!」
逢「でも、祈こそ早く寝ないとだめだよ。大きくなれないからね」
祈「分かった」
逢「……」

(逢の回想(祈がお腹にいた時))
逢「もしもし。あ、先輩」
しゅう「逢、ごめん。今日は遅くなりそうだ」
逢「そうですか。じゃあ……」
しゅう「逢は先に食べててくれ」
逢「え?でも、一緒に……」
しゅう「だめだ。あまり遅くに食べるのは健康によくない」
しゅう「今は僕よりもお腹の赤ん坊を気遣ってくれ」
逢「……分かりました」
しゅう「もし僕の帰りが遅くなったら、先に休んでいてくれ」
逢「はい。気を付けて帰って来て下さいね」
しゅう「うん」

その後、僕は21時頃帰宅して、遅い夕飯を食べた。

しゅう「そっか。二人とももう食べちゃったんだな」
逢「祈に注意されました。早く食べて早く休んでって」
しゅう「当の本人はもう寝たか……」
逢「……」
しゅう「……ん?どうした?さっきから無言で僕を見つめて」
逢「……あの、先輩?」
しゅう「うん」
逢「……」
しゅう「……な、何だよ。黙るなよ。怖いな」
逢「……何でもありません」
しゅう「具合悪い?」
逢「違います」
しゅう(じゃあ、何なんだよ?)
しゅう(あれか!)

僕は食器を洗い終わると……

しゅう「逢」
逢「はい?」

逢の振り向きざまに……

しゅう「ん……」
逢「んん……」

逢にキスをした。

しゅう「……」
逢「……」
しゅう「これが……答えか?」
逢「……クスッ。どうでしょうね」
しゅう「違うのか……まあ、いいけど」
逢「それじゃ、おやすみなさい」
しゅう「おやすみ」

こんな感じで……
僕は逢と祈を支えるために一生懸命仕事をし……
祈は逢を支えるために一生懸命お手伝いをし……
逢は僕と祈の間に何かあったと勘付きながら……
10ヶ月という長いようで短い時間が過ぎていった。

あと、森島先輩がちょくちょく遊びに来たこともあった。

森島「逢ちゃん、祈ちゃん、久しぶり!」
逢「お久しぶりです。森島先輩」
祈「誰?」
逢「あ、そっか。祈はまだお腹の中にいたんだっけ」
逢「森島はるかさんだよ。お母さんと同じ学校だった。お母さんがお世話になった人」
祈「お母さんと同じ学校?お母さんがおせわに?」
祈「はじめまして。七咲祈です」
森島「グー!ベリーグーよ!」
祈「え?グー?」

祈は握り拳を作って見つめる。

逢「あ、違う。そうじゃなくて、“よくあいさつできました”って褒めてるの」
祈「そうなの?」
森島「そっか。まだ分からないんだね」
森島「さっきの意味は……」

森島先輩は手帳を取り出して何かを書く。

森島「こういうこと」
祈「えいご?」
森島「うん。祈ちゃんもそのうち習うよ。覚えておくと便利だよ」
祈「うん!ありがとうございます」
森島「よしよし」

森島先輩に頭を撫でられて、祈は嬉しそう。

森島「それにしてもすごいね。ちゃんとあいさつができるなんて。自分の名前も知ってるんだ」
逢「ええ。この子のお父さんが頭のいい子に育てようって、色々教えたんです」
森島「なるほどねぇ」
逢「誰に言われたのか、それとも自分の意思でかは知りませんが、よくお手伝いをしてくれます」
逢「それも、弟か妹ができるって分かった途端に張り切ってお手伝いをし始めました」
逢「私よりも、先輩よりも、誰よりも一番嬉しいのはあの子かもしれません」
森島「きっと一番嬉しいと思うなぁ。だって、かわいい弟か妹ができるんだもん」
森島「その点私なんて、兄弟はいるけど、ぜんっぜん、かわいくないの!もう、やになっちゃう!」
逢「ふふっ」
森島「お腹のその子は、きっと、多く人に支えられて幸せだと思うよ」
逢「ええ。そうですね」
祈「すわらないの?」
逢「あ、そっか。森島先輩、ゆっくりしていって下さい」
森島「ううん。今日はちょっと様子を見に来ただけ。この後会議あるからもう行くね」
逢「そうですか。またいつでもいらして下さい」
祈「もう帰っちゃうんだ……」
森島「うん。また遊びに来るね!旦那さんによろしく伝えておいてね」
逢「はい。お気を付けて」
祈「ばいばい」
森島「ばいばい」
逢「多く人に支えられて幸せ……か。うん」

ちなみに一番大事な情報が抜けていた。
逢の第二回目の妊娠生活が幕を開けたのは1月の始めくらいだ。
予定日からすれば8月の中旬くらいになるだろう。
第一回目の妊娠生活が幕を開けたのは12月の始めで、祈が生まれたのは7月の中旬。



こうして時が過ぎて、気付いたらもう次の年の8月になっていた。
そろそろ予定日だけど……

しゅう「じゃあ、行って来る」
祈「もうじきだね」
逢「うん。二人とも、行ってらっしゃい」
しゅう「行って来ます」
祈「いってきます!」
しゅう(よくよく考えたら、僕は職場に祈は学校に行くから日中逢は一人ぼっちなんだな)
しゅう(何事もなければいいけど……)

さらに予定日も過ぎた……

しゅう「まだなのか?」
逢「私に言わないで下さい」
しゅう「ふふっ、よっぽど逢のお腹の中の居心地がいいんだろうな」
逢「そうかもしれませんね」
しゅう「いいなぁ」
逢「はい?」
しゅう「え?な、何でもない」
逢「相変わらず変態ですね」
しゅう「ぼ、僕何も言ってないよ」
逢「とぼけても無駄です。先輩のことはお見通しですから」
しゅう「おかしいなぁ。それはそうと祈がすっごく楽しみみたいだ」
逢「ええ。弟や妹ができるってすごく嬉しいことですから」
しゅう「僕には分からないな。美也とは1歳違いだし」
逢「私は分かりますよ。郁夫の世話するの、楽しかったです」
しゅう「歳の離れた姉弟だからか」
逢「それもありますね。でも一番は弟や妹がかわいいからです」
しゅう「美也は生意気だったぞ?」
逢「それがかわいいんじゃないですか!」
しゅう「そうなのか?」
逢「先輩は祈から学ぶべきです」
しゅう「う……どっちが子供だ?」
逢「ふふっ」

予定日の数日後……

逢「そろそろ祈、帰って来るかな?夕飯の準備しないと。よいしょっ」

逢は重いお腹を何とか持ち上げて立ち上がった。

逢「もう。甘えん坊なんだから。誰に似たのかしらね」

お腹の子に優しく話しかけた。

逢「今夜のおかずは……うっ。きた……」

どうやら始まったらしい。
痛むお腹を手で押さえた。

逢「早く、呼ばないと……」

119番通報しようと、携帯電話を手に取る。

逢「う……きゃあああああ」

あまりの痛さにその場に倒れてしまった。
倒れた拍子に携帯電話が手から滑り落ちて床を転がった。

逢「だめ!だめ!もうちょっと我慢して!」

携帯電話を取ろうとするが、痛みに襲われて動けない!

逢「早く、早く帰って来て!」

この絶体絶命の状況を打破するかのように……

祈「ただいま」
逢「い、いの……」
祈「お母さ~ん、来週じゅぎょーさんかん……あ!」
逢「……」
祈「お母さん!お母さん!!」

祈は床に転がっている携帯電話を見つけると、すぐさま手に取った。

祈「119番、119番しないと」

祈は震える手で何とか119を押した。

スタッフ「はい、どうかしましたか?」
祈「あ、あの、お母さんが、お母さんが……」
スタッフ「お嬢ちゃん、落ち着いて。お母さんがどうしたの?」
祈「あ、赤ちゃんが生まれるみたいです」
スタッフ「出産か!出産なんだね。住所分かるかな?」
祈「じゅうしょ?えっと……」

(祈の回想)
祈「ねえ、お父さん?」
しゅう「ん?」
祈「119番つうほうってどうすればいいの?」
しゅう「え?あ、そっか。教えといた方がいいな」
しゅう「1、1、9を押すだろ?」
祈「うん」
しゅう「そしたら、向こうの人が電話に出てくれる」
祈「それで?」
しゅう「救急車を呼びたかったら、誰がどういう風に具合悪いのかをちゃんと説明するんだ」
祈「うん」
しゅう「この時大事なのは、絶対に焦らないこと。落ち着いてちゃーんと説明すれば一回で分かってくれる」
祈「うん」
しゅう「それと、今いる場所をちゃんと伝える。どこかの家ならその住所を。外なら目印になるものをね」
祈「じゅうしょ?」
しゅう「その場所のことだよ」
祈「この家の住所は?」
しゅう「えっと……はい」
祈「これ、何て読むの?」
しゅう「あ、そっか。貸して。これは、こう」

祈はランドセルをおろして、筆箱からメモを取り出した。
以前、僕が祈に書いて渡した住所のメモ。
フリガナをつけてあるから祈でも読める。

祈「住所は……」
逢「……」

逢が声も出せないくらいの激しい痛みに耐えながら祈を見守っている。

しばらくして、祈が呼んだ救急車が到着。
逢は無事に搬送されることになった。

スタッフ「掛かり付けの病院はありますか?」
逢「……」
祈「かかり、つけ?」
スタッフ「お母さんがお世話になってる病院」
祈「えっと……つ、つか原先生がいるビョーイン」
スタッフ「塚原先生?」
祈「わたしがお世話になった」
スタッフ「小児科……塚原……ああ、総合病院か!」
祈「そうです」
スタッフ「分かった」
祈「お母さん……」
逢「ありがとう」

病院に到着するや否や、逢は分娩室に運ばれ、ただちに分娩が行われた。
祈は期待半分、不安半分で、分娩室の外で待っていた。

祈「お父さん……まだおしごとなの?」
祈「……」

(祈の回想)
祈「110番はケーサツだって」
逢「うん。110番したらお父さん来てくれるかもしれないけど、いたずらしちゃダメよ」

祈「……でも、知らせないと」

祈は意を決して110番に電話した。


一方、その頃……

しゅう「今夜は張り込みか。帰れないな」
松原「しゅうちゃん、そろそろ行くよ」
しゅう「うん」

松原「……暑いなぁ。まだ春だってのに」
しゅう「華村遅いな。何やってんだろ?」
華村「わりぃ、わりぃ。待たせたな」
しゅう「よし、行くか」
華村「あ、さっき通報受けたんだけどよ」
松原「誰から?」
華村「わっかんない」
華村「小さな女の子だと思うんだけど、お父さん呼んでとか、お母さんがどうとか言って……」
華村「はっきり要件聞こうと思ったら突然電話切られた」
松原「いたずら?」
華村「さあ?」
しゅう「……」

(しゅうの回想)
逢「お母さん、119番。いそいで来て。祈」
祈「あ、それ!よかった……」
逢「え?じゃあ祈が書いたの?いつの間に……」
祈「お母さん、いたずらだめって言ったから……」
逢「それでメモを?」
祈「うん」
逢「……」
しゅう「……ん?いたずらだめ?何のこと?」

しゅう「いたずら……いたずら」
松原「どうしたの?」
華村「ま~た何かくだらないギャグでも考えてるんじゃ?」
しゅう(祈は僕が警察だってことを知っている。僕を呼び出すのに110番したら……いたずら)
しゅう(だけど、いたずらだめって逢に言われたんだよな。だから祈のはずは……)
しゅう(いや、待てよ!いたずらと分かっていて電話したってことは……まさか!)
しゅう(考えられる!そうか、ついにきたのか!だけど、今夜は帰れそうにない)
しゅう(祈、逢……ごめん。祈……お母さんを頼んだぞ)


総合病院

祈「えっと、お父さんをよんで下さい。お母さんが、お母さんが……」
祈(だめ、はっきりしゃべらないと)
祈「えっと……」

おぎゃあああああ、おぎゃあああああ!

祈「あ!」

祈は電話を切った。

祈「生ま、れた……」

祈は涙を流した。

赤ん坊が生まれてから10分くらいして、ようやく逢と赤ん坊が分娩室から出て来た!

祈「おがあさん!!!!」
逢「祈……もう、そんなに泣かないで」
祈「ないでないよぉ」
助産師「祈ちゃん。弟だよ」
祈「弟?わたしの?」
助産師「ほら、弟だよ」

助産師さんが赤ん坊を抱きながらしゃがんだ。

祈「わぁ、ほっぺたやわらかい。手もちっちゃい。かわいい」
逢「祈も昔はこうだったんだから」
祈「わたしも?見てみたい」
逢「うちに帰ったらアルバムを見せてあげる」
祈「うん。早く帰ろう?」
逢「ううん。今夜は病院にお泊りするの」
祈「どうして?」
助産師「お母さんの具合がよくなるまでここにいた方がいいの」
祈「ぐあい……わるいの?」
逢「今は平気だよ。でも、お泊りするの。お父さんがお迎えに来てくれるまで」
祈「お父さんが?」
逢「たぶん今お仕事なんだと思う」
祈「来て、くれない?」
逢「だめ。お仕事の邪魔しちゃだめ。迎えに来てくれるまで待とう?」
祈「うん」
逢「それはそうと、祈は明日学校でしょ?早く帰りなさい。おうちの鍵は渡しておくから」
祈「……」

(祈の回想)
しゅう「祈は……その、弟や妹ができるのは嬉しいか?」
祈「うん!あそび相手ができるから!一人っ子ってつまんないんだって」
しゅう「そっか……」
祈「……?お父さん?」
しゅう「祈」
祈「うん」
しゅう「お母さんのお手伝い、してくれないか?これからも」
祈「え?そんなのあたりまえだよ!おうちの人のおてつだいをしなさいって先生がいつも言ってるし……」
祈「おてつだいするとお母さんがほめてくれるからうれしいよ」
しゅう「そっか。そうだよな」
祈「きゅうに……どうしてそんなこと聞くの?」
しゅう「うん。祈は弟や妹ができてうれしいけど、お母さんはこれから大変になるんだ」
しゅう「急に具合が悪くなることもあるかもしれない」
しゅう「お父さん、いっつもお勤めで、お母さんのそばにいてあげられないかもしれない」
しゅう「そんな時、祈がいてくれるとお父さんも安心なんだ」
祈「お父さん……」
しゅう「って、ごめんな。祈に言うようなことじゃなかったな」
祈「がんばる!」
しゅう「え?」
祈「あたしもがんばるから、お父さんもがんばって!」

祈「!」
逢「祈?返事は?」
祈「やだ」
逢「え?」
祈「あたし、帰らない」
逢「祈……」
祈「お母さんのそばにいたい!一人ぼっちなんて、いやだよ」
逢「でも、学校でしょ?早く帰らないと」
祈「学校休む!お母さんの方がだいじだから」
逢「祈……どうしてお母さんの言うことが聞けないの?あんなに一生懸命お手伝いしてくれたのに」
助産師「もしかして、帰り道分からない?それなら……」
祈「ちがう。帰りたくないの」
逢「祈……。すみません。ちょっと二人きりにして下さい」
助産師「お大事に」

病室で逢と祈と赤ん坊だけになる。
正確に言うと三人だが……このツッコミはよくない。

逢「どうして帰らないの?学校を理由なく休むなんて許さないからね」
祈「りゆうはある!お母さんのそばにいたいから」
逢「もう、聞き分けがないんだから……」

逢は困っている。
このままでは話が平行線のままだ。

祈「りゆうは……したから」
逢「え?」
祈「お父さんとやくそくしたから」
逢「お父さんと?」
祈「お母さんのそばにいてほしいって。お父さん、おしごとでいそがしいからそばにいられないって」
祈「だから、やくそくした。お父さんにおしごとがんばってほしいから、あたしもがんばるって」
祈「お父さんもお母さんもだいすきだから、弟もだいすきだから、あたしもがんばった」
逢「祈……じゃあ、もしかして」
祈「お母さんがむりをしないようにおてつだいだっていっぱいした」
祈「今、お父さん来れないから、あたしがずっとお母さんのそばにいる!」
祈「それが、お父さんとのやくそくだから」
祈「だから、その、だまっ、てて、ごめん、な、さ……」

祈はこらえていた涙を一気に流した。
ついさっきも弟の産声を聞いて泣いたばかりだが、また涙が溢れでた。

逢「ばか!」

逢が祈を抱き上げて、そのまま抱きしめた。

逢「それならそうと、どうして早く言わなかったの?」
祈「言わないやくそくだったから。言ったらお母さん、よけいにむりをするってお父さんが」
逢「やっぱりそうだったんだ。祈がいつもよりお手伝いするし、お父さんみたいなこと言うし」
逢「変だと思ってたんだ」
祈「一人ぼっちがいやだからおうちに帰りたくないっていうのは本当だよ?」
祈「夜ねるとき、お母さんがいっしょじゃないとこわいから」
逢「ふふっ、そういえばそうだったね。ごめんね」
祈「ううん。うれしい」
逢「今夜は一緒にお泊りしよう?一人にはしないよ」
祈「うん」
逢「祈は悪くない。悪いのはお父さんだよ。祈にそんなこと言うなんて。後でお説教してあげないと」
祈「え?お父さんをおこるの?だめ!そんなのいやだ」
逢「冗談」
祈「よかった」
逢「そういえば、授業参観がどうとか言ってなかった?」
祈「……スー、スー」
逢「……寝ちゃった。ごめんね」

逢はそっと祈を抱きしめ、頭を撫でた。

逢「そうだよね。祈はお父さんに言われなくてもちゃーんとお手伝いしてくれていたよね」
逢「この子が生まれるのを一番楽しみにしていたのは祈だったね」
逢「お父さんもお母さんも弟も好き……だから祈は頑張った。大好きな人の笑顔が見たいから」
逢「一番大変だったのは……祈なんだね。あなたはあの頃の私」

逢は俯いて涙を流した。

逢「ありがとう……ごめんね」

逢はしばらくして顔を上げ、赤ん坊を見た。

逢「もう、あなたは幸せ者だよ。こんなにも多くの人に支えられて生まれてきたんだから」
逢「特に、あなたのお姉ちゃんがすごく頑張ったんだから。ちゃんとお姉ちゃんの言うこと聞くのよ」

そう言うと、赤ん坊の額を優しく撫でた。

逢「あ、そっか!いいこと思い付いた」

他に誰もいない病室。
聞こえるのは逢の独り言だけ。


翌朝

ようやく仕事が終わった僕は一旦帰宅した。
逢と祈がいないことを確認して病院に向かった。
病院が開くのを待ってから逢の病室に急いで向かった。

しゅう「ここか!」
しゅう「逢!無事か?」
逢「遅いです」
しゅう「ご、ごめん……。祈も一緒だったのか」

祈は爆睡している。
よほど疲れたのだろうか。

逢「どういうことです?」
しゅう「何が?」
逢「とぼけないで下さい。祈と約束したんですよね?」
しゅう「約束?」
逢「お母さんのそばにいてほしいって」
しゅう「ああ……聞いちゃったのか」
逢「私に隠し事ですか?」
しゅう「だって、言ったら逢が無理するかもしれないって思ったから」
逢「……」
しゅう「僕は祈を見てしっかり者だなって思ったんだ。だから祈になら逢のことを任せられるって思った」
逢「おかげで祈はこの通りですが?」
しゅう「……苦労かけてすまない」
逢「……」
しゅう「……」

おぎゃあああああ、おぎゃあああああ!

逢「あ……」
しゅう「あ……」

まるで赤ん坊が喧嘩はやめてほしいと言わんばかりに泣き出した。

しゅう「出産、おめでとう!!」
逢「ありがとうございます」
しゅう「いや。ありがとうは僕のセリフだ。隠し事して迷惑かけたけど、元気な子供を産んでもらったし」
逢「それを言うなら、私の方こそありがとうございます」
逢「先輩と祈が私を気遣ってくれたのに怒ってしまってすみませんでした」
しゅう「いや、僕こそ仕事で駆けつけられなくてごめん」
逢「いいんです。こうして祈が先輩との約束を守って、そばにいてくれたんですから」

僕は病室を仕切るカーテンを閉めた。

しゅう「逢……お疲れ様」

そして逢にキスをした。

しゅう「ん……んん……」
逢「ん……んんん……」

僕が顔を離そうとすると、すかさず逢が両手で僕の顔を引き寄せ……

逢「んん……んん!」
しゅう(逢!?)
逢「んんん」
しゅう(!?)
逢「はぁはぁはぁ」
しゅう「はぁはぁ」
逢「ふふっ、祈の分です。お父さんお疲れ様」
しゅう「あ、ありがとう」
しゅう「抱いていい?」
逢「はい。あなたの息子なんですから、お好きにどうぞ?」
しゅう「そっか、僕の息子……息子!?」

僕は赤ん坊を抱き上げた。
しばらく顔を見ていると……

チーーーーー。

しゅう「うわ、くっ……息子だ、確かに息子だ」
逢「クスッ。あはは」

おしっこをかけられた!
間違いなく息子だ!

しゅう「もう……元気な子だなぁ。誰に似たんだよ??」
逢「ふふふ、あはは」
しゅう「そんなに笑うなよ」
逢「だって先輩……ふふふ、おかしくて」
しゅう「早く顔を拭くものを出してくれ」
逢「ど、どうぞ。ふふふ」

逢からティッシュを受け取って顔を拭き、洗面所で洗顔した。

しゅう「はぁ……」
逢「そんなに落ち込まないで下さい」
しゅう「いや~嬉しいよ~息子だったから~」

ほぼ棒読みで言った。

逢「体重2900gの元気な男の子です」
しゅう「そっかぁ」

僕はベットで長座位になっている逢に寄りかかった。

しゅう「安心したら眠くなってきら~~~はぁ~~~。寝かせて」
逢「ちょっと、先輩!」
しゅう「徹夜だから眠いんだ」
逢「親子3人で寝る気ですか?」
しゅう「そっか。それも悪くないな」
逢「ちょ、先輩!」
祈「どうしたの?あれ、お父さん。いつの間に」
逢「おはよう。お父さん寝ちゃった」
祈「おはよう。来てくれたんだ!よかった」
逢「うん。よかった」
祈「じゃあ、帰ろう?」
逢「そうだね。祈も今から学校行けば間に合う。もうお父さんいるから平気だし」
祈「お父さん、起きて!あたし学校おくれちゃう」
逢「ふふっ。あたし学校休む!って言ってた人はどうしたの?」
祈「え?何の話?学校休まないよ」
逢「ふふっ、そうでなくっちゃね」

その後、僕は半ば叩き起こされ、眠い身体を引きずって帰宅した。
祈は学校に行き、家には3人残った。

しゅう「よし、寝るか。おやすみ」
逢「また寝るんですか?」
しゅう「昨日は徹夜で張り込みしてたんだ。眠いに決まってる」
逢「……おやすみなさい」

僕は自分の部屋に行って寝始める。
やっと寝られる……と思ったら、自分の部屋のドアが開いた。

しゅう「えっ?」
逢「一緒に……寝ませんか?たまには」
しゅう「うん」

逢が僕の布団に入ってきた。

逢「……」
しゅう「……」
逢「祈、言ってましたよ。お父さんもお母さんも弟も大好きだって」
しゅう「うん」
逢「もしかしたら、先輩に言われなくてもあの子、家族を助けようと頑張ったかもしれませんね」
しゅう「もともとよくお手伝いしてくれる子だからな」
しゅう「でも、だからこそ祈に頼んでよかった。僕は祈を信じていた。祈ならって思ってた」
逢「あ、先輩の留守中にまた森島先輩が来ましたよ」
しゅう「タイミングいいなぁ。それとも狙ってるのかな?」
逢「どうでしょうか」
逢「祈、森島先輩にほめられていましたよ。それと、英語も教わりました」
しゅう「英語?」
逢「グー。ベリーグーよ。そう言われて、じゃんけんのグーと勘違いしていました」
しゅう「なるほどな。英語知らなきゃそうなるかもな。そうだな、英語も教えてやらないとな」
逢「祈は頭のいい子ですよ。教えれば何でも覚えます。今回みたいに」
しゅう「あれ?逢はこの家から救急車で搬送されたんだっけ?」
逢「ええ。自分で電話しようと思ったら痛みで手が滑って……」
しゅう「代わりに祈が電話したのか……。教えといてよかった」
逢「もうだめかと思いました。間一髪祈が帰って来てくれてよかったです」
しゅう「祈に感謝しないとな」
逢「先輩にも感謝していますよ?祈に教えてくれたおかげですから」
しゅう「逢……」
逢「先輩……」
しゅう「んん……」
逢「んん……」
しゅう「んんん……」
逢「んんん……」
しゅう「……」
逢「……先輩のばか」
しゅう「え?」
逢「どうして帰って来てくれなかったんですか?」
しゅう「え?だって、仕事って……」
逢「仕事と私とどっちが大事なんですか?」
しゅう「そんなの、逢に決まってるだろ!!けど、逢が仕事優先って言ったから……」
逢「……」
しゅう「……」
逢「それに私に隠し事なんかして……」
しゅう「え?それはさっき許してくれたんじゃ……」
逢「忘れました」
しゅう「う……」
逢「お仕置きです」

そう言うと逢は僕に覆い被さってくる。
僕を痛いくらい強く抱きしめて……

逢「んんんん……」
しゅう(あ、逢!?)
逢「んんんん……」
しゅう(む、胸が……)
逢「んんんん……」
しゅう(うあ……何とも言いがたいこの快感)

逢は一旦布団から出ると、何やら脱ぎ始めた。

しゅう「え?何してるんだ?」
逢「さすがに暑いです」

それにしても脱ぎ過ぎだ。

逢「お仕置きの続きです」

上半身裸の逢が再び僕に抱きついてくる。
さっきよりも胸の感触が伝わってくる。
そして逢が離れた瞬間……

逢「んあ……」

僕はふざけて両手で逢の胸を触った。

しゅう「僕もお仕置きしないとな。娘がいないのをいいことに旦那の前でこんな格好をする女房をね」
逢「もう、許可してないのに触るなんてお行儀が悪いです!」
しゅう「許可したらいいんだな?」
逢「……」
しゅう「それに、さっき逢が言ったことももちろんわざとだよな?僕にお仕置きする理由が欲しくて……」
逢「ち、ちが!……い、ます」
しゅう「……」
逢「クスッ。しょうがないですね。どうぞ」

しばらく逢と大人の時間を楽しんだ。
いつの間にか二人で仲良く眠っていた。
当然だけど、祈にバレたら大問題なので、逢はちゃんと服を着てから寝た。
ま、心配するまでもなく、お昼頃に二人とも目が覚めた。

しゅう「おはよう」
逢「おはようございます」
しゅう「あっ」
逢「え?」
しゅう「大事なこと忘れてた」
逢「……やっと気付いたんですね」
しゅう「そうだよ。名前だよ」
逢「あ、それなんですが……祈が帰って来てからにしませんか?」
しゅう「祈が?」
逢「はい。一緒に聞かせたいんで」
しゅう「そうだな。祈が納得する名前がいいな。祈が一番頑張ってたからな」
逢「そうです」


夕飯の時……

しゅう「よし。祈もいることだし、この子の名前を決めよう」
祈「え?あたしが帰るまでまっててくれたの?どうして?」
逢「この子が生まれるのを一番楽しみにしていたのは祈だから」
しゅう「それに、色々と苦労をかけたから。祈が納得する名前がいいと思って」
祈「……うん。ありがとう」
しゅう「僕は前々から考えていたけど、どうもしっくり来ないんだよな」
しゅう「お母さんが逢で一文字だから祈も一文字にした」
しゅう「で、次は男の子だから、お母さんの弟の郁夫おじさんから考えたんだけど」
しゅう「世界でたった一人の僕の息子だから、世界でたった一つしかない名前にしたいんだ」
しゅう「~夫で一番いいと思ったのは朗夫(あきお)なんだけど……どうかな?」

説明しよう。
朗夫の「朗」の字は辞書で調べると……
曇りなく澄んで、明るい。気持ちが明るく、わだかまりがない。
……という意味があるそうだ。
逢のご両親の代から色々あった七咲家。
跡継ぎってわけじゃないけど、こうして生まれてきた長男。
これからのこの家の未来を明るくしてほしいという意味を込めて、「朗」という漢字を選んだ。

逢「……なるほど」
祈「……」
逢「ちなみにどうして郁夫から考えたんです?ひらがな3文字じゃだめなんですか?」
しゅう「いや、漢字の方がいい感じ……何でもない」
祈「?」
逢「まぁ……そうですね。しゅうって名前はさすがに……」
しゅう「何か言った?」
逢「いえ、何も」
しゅう「祈はどうだ?」
祈「う~ん。分からない。お母さんは?」
逢「私は……幸伎(こうき)がいい」
祈「こうき?」
逢「祈は聞いてなかったかもしれないけど、森島さんが来た時に言ってたでしょ?」
逢「“お腹のその子は、きっと、多く人に支えられて幸せだと思うよ”って」

多くの(=にんべん、ひと)にえられて
幸伎(こうき)

逢「どう……かな?」
祈「……」
しゅう「……」
逢「……やっぱり」

逢は“やっぱりダメかな”っていう顔をする。
祈と僕は顔を見合わせて頷く。

しゅう「参りました」
祈「お母さん、すごい」
逢「え?」
しゅう「幸伎(こうき)で決まりだな」
祈「うん!」
逢「本当に?」
しゅう「その発想はなかった……って、感じ」
祈「こうきの名付け親は森島さんなんだね!」
逢「そうなるかな」
しゅう「森島先輩が……。予想の斜め上をいく展開だな」
逢「そうですか?前にあなたが言ったことを守っただけですが?」
しゅう「え?」

(回想=エピソード「先輩、娘の名前……何にします?」(ノベル)より)
「七咲祈……でも、二人目以降はどうするんです?」
「え?二人目??まだ産むの??」
「い、いけませんか?もしもの時の話ですが……」
「い、いや、いけなくはないけど……むしろ嬉しいけど……考えてなかった」
「……」
「でもさ」
「はい」
「これからいっぱい思い出が増えていくんだ。僕と逢とその子の思い出が」
「ええ」
「そしたらさ、また何か大切なものが見つかるかもしれない。それを名前に使っていけばいいと思う」
「二人……いえ、三人だけの大切な思い出ですか」
「うん」

しゅう「あ~、そんなこと言ったっけか?」
逢「忘れないで下さい。大事なことなんですから」
しゅう「何せ大昔の記憶だからな」
(実は作者本人も忘れていました。去年書いた記事なので(笑)上記の記事を見て思い出しました(笑))
祈「お父さんとお母さんとあたしの思い出?」
逢「うん。お父さんはお仕事で、祈はお手伝いで支えてくれた」
しゅう「うーん。何か違うな。直接支えていたのはお母さんとか助産師さん」
しゅう「で、お母さんを支えていたのが僕とか祈とか森島先輩・塚原先輩」
しゅう「中でも一番頑張っていたのは祈だったよな」
逢「もう、細かいことはいいですよ。結果的にみんなで支えていましたから」
逢「祈が大活躍だったことは間違いないけどね」
祈「そ、そんなことないよ。あたしはただこうきが生まれるのが楽しみだっただけで……」
逢「ありがとう」
祈「……」
しゅう「祈をいじめるのはその辺にしとこう……」
逢「いじめてませんよ」
しゅう「冗談ですよ、クスッ」
逢「っ!!」
しゅう「痛い!!足踏むな!!」
祈「聞いていい?」
逢「ん?」
祈「私の名前にはどんな思い出があるの?」
逢「うーん」
しゅう「そうだなぁ……」
祈「……」

僕と逢で顔を見合わせる。

しゅう「祈がもうちょっと大きくなってから話すよ」
逢「たぶん今は聞いても分からないと思う。そのうち話すから」
祈「やくそくだよ?」
しゅう「分かった」
逢「今度こそ忘れないで下さいね。お・と・う・さ・ん♪」
しゅう「わ、分かりましたよ……」
しゅう「あ……そっか。そうだったのか」
祈「ん?」
逢「どうしました?」

僕はメモ用紙に……
七咲 祈 幸伎
……と書いた。

しゅう「見て。七咲家のせをる」
逢「あ、気付きませんでした」
祈「ほんとだ!」
しゅう「幸伎って完璧な名前じゃないか!さすがお母さん」
逢「それは森島先輩に言って下さい」
しゅう「そうかもしれないな」
祈「ふふふ。こうき。こうき!こうきっ♪」

祈が嬉しそうに幸伎の頭を撫でた。

祈「お母さん、これからこうきのおせわしてい~い?」
逢「だ、だめよ。お母さんのお仕事がなくなっちゃう」
しゅう「え?そこ??突っ込むところ、そこじゃない気がするが」
祈「え~。あたしもやりたい」
逢「じゃ~あ、二人でやろっか」
祈「うん!」
しゅう「そして僕はまたのけ者にされるのだった……ハッピーエンド」

何はともあれ、無事に七咲家二人目の子、長男・幸伎が生まれた。
多くの人に支えられて幸せな子。
まさにその通りだな。
祈と幸伎で七咲家に幸せをもたらしてくれると祈っている。
僕も逢も負けていられないな。



七咲アフターストーリー
エピローグ特別編「先輩、待望の長男ですよ!!」

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2011-11-23

エピローグ特別編「先輩、待望の長男ですよ!! 前編:私に隠し事ですか?」

僕と逢の長女である祈が小学校低学年になった頃の話。
そういえば以前から逢と引っ越しの相談をしていたが、結局そのままこの都会に住むことになった。
思えば僕と逢の大学進学以来、二人ともずっとこの都会に住んでいる。
都会は便利だけれども、犯罪が多い。逢も祈も何度か巻き込まれたことがある。
また、僕と逢の故郷である輝日東には二人の家族がいて、近所付き合いも多い。
だから輝日東に引っ越して、祈を僕と逢の母校である輝日南小学校に入れようかと考えた。
でも結局引っ越す必要がなくなった。
何故なら……


病院

祈「わぁ、人がいっぱい!」
逢「こら祈。病院では静かにして」
祈「はーい」
??「あら七咲。祈ちゃんも一緒なのね」
逢「え?あ……」
祈「つか原先生!」
塚原「こんにちは」
逢「こんにちは、塚原先輩」
祈「こんにちは!」
塚原「ふふっ、相変わらず元気ね」
逢「ええ、おかげ様で」

祈は以前インフルエンザにかかって小児科の塚原先輩のお世話になったことがある。
あの時は大変だった。
祈が高熱による悪夢にうなされて、逢が付きっきりで看病していた。
僕もすごく心配で、一緒に看病しようかと思ったが、案の定逢に止められた。
「祈を心配する気持ちも分かりますが、先輩は仕事を優先して下さい」
「もし先輩にまでインフルエンザが感染ったりしたらそれこそ祈の看病どころじゃありません」
「先輩が外で働いて、お金を稼ぐことこそ祈の看病なんですから。お金がないと病院にも行けませんからね」
「ですから、私に任せて下さい」
だから僕は祈のことを逢と塚原先輩に託したんだった。
また、それ以来、祈は塚原先輩のことを好きになって、色々相談に乗ってもらったこともある。
誰かさんに似て、塚原先輩のことを尊敬しているようだ。

祈「つか原先生!あそんで!」
逢「こら!先生は忙しいんだよ?……あ、忙しいところをすみません」
塚原「いいのよ。先に話しかけたのは私だから」
逢「以前、インフルエンザで塚原先輩のお世話になったり、他にも色々相談に乗ってもらって……」
逢「この子、塚原先輩のことをすごく尊敬しているみたいです」
逢「将来は塚原先生みたいになりたいって」
塚原「ふふっ、誰かさんみたいね」
逢「似た者親子……ですね」
塚原「ふふっ」
祈「先生!あそんで!」
塚原「うん。また今度ね」
祈「きっとだよ?」
塚原「分かった」
塚原「ところで、今日もどこか具合悪いの?」
七咲「いえ。この子は付き添いです。塚原先生に逢わせろって聞かなかったので連れて来ました」
塚原「じゃあ、七咲が?」
七咲「はい」

逢はさり気なくお腹に手を当てた。

塚原「ふふっ……おめでとう。それと、お大事にね」
逢「はい。行くよ、祈」
祈「もう行くの?」
逢「うん。また今度遊んでもらおう?」
祈「……分かった」
逢「それじゃ、塚原先輩。お仕事頑張って下さい」
塚原「七咲も頑張ってね。それと旦那さんにもよろしく伝えておいて。祈ちゃん、バイバイ」
逢「はい!」
祈「バイバイ、つかはら先生」

とまあ、こんな具合に祈は塚原先輩のことが大好きみたいだ。
保育園の友達や小学校の友達ともすっかり仲良くなった。
僕も大学時代からの付き合いの職場の同僚がいるし、逢も祈の友達の保護者と仲良くなった。
そんなわけで、三人ともこの環境にもう慣れている。
だから、輝日東に引っ越す必要がない。
ここで十分にやっていける。


そういえばさっき逢がお腹に手を当てていたけど……話は少し前に遡る。

七咲家

祈「ただいま」
逢「おかえり」
祈「クンクン……いい匂い!今日のご飯何?」
逢「今日は、牛肉!安かったからね。お野菜と炒めるの」
祈「わぁ、お肉!私も手伝う」
逢「祈が手伝ってくれるんだね。ありがとう。じゃあ、玉ねぎお願いしてもいい?」
祈「玉ねぎ……?う、うん」
逢「大丈夫。この前教えた通りにやれば早く切れるから泣かないよ」
祈「う、うん」

祈は玉ねぎにちょっと嫌な思い出があるみたいだ。
玉ねぎを切ったことのある人は分かる、あの涙腺を刺激する匂い。
祈は文字通り、泣きながら逢に玉ねぎの切り方を教わっていた。

祈「できた」
逢「うん、ばっちり。やればできるね」
祈「そ、そんな……」

逢にほめられて、祈は照れている。

逢「じゃあ次は人参を……」
祈「分かった」

祈は人参を切った。

祈「お母さん、できたよ……?」
逢「う……」
祈「お母さん?」
逢「……」

逢はその場に倒れた。

祈「お母さん?お母さん!」
逢「祈……電話取って」
祈「どれ?」
逢「そう。それ!」
祈「はい」

祈が逢の携帯電話を取って逢に渡した。
逢が119番通報した。

逢「住所は……」
祈「……」

119番通報している逢のすぐそばで、祈が心配そうな顔をして静かに立っていた。


(祈の回想)
担任「いいですか、みなさん。危ない人に逢ったりしたらすぐに110番。警察を呼ぶんですよ?」
同級生「は~い」
祈「警察?お父さん?」
同級生「祈のお父さんってケーサツだったよな。祈が110番したら来てくれんのかな?」
担任「それと、消防車や救急車を呼ぶ時は119番通報ですよ。慌てず、はっきり通報するんですよ?」
同級生「は~い」

逢「大丈夫よ、祈。すぐ救急車が来てくれるから。心配しないで」
祈「……!きゅうきゅう車?119番?」
逢「どうしたの?」
祈「この前学校で教わった。ぐあいわるい人を見つけたり、火じにまきこまれたら119番通ほうって」
逢「そう、今のは119番」
祈「110番はケーサツだって」
逢「うん。110番したらお父さん来てくれるかもしれないけど、いたずらしちゃダメよ」
祈「いたずら、しない」
逢「そうそう」
祈「……あ!」
逢「ん?」

うずくまったままの逢と、しゃがんだ祈がしばらく会話していたが……
火の消し忘れに気付いた祈が火を止めに行った。

逢「そっか。お味噌汁を作ってる最中だった……」

祈はしばらくテーブルに向かって何かをやってから再び逢の元に駆け寄った。

それから数分で救急車が到着。
祈も付き添いで病院に向かった。


総合病院

検査を終えた逢が出て来た。

祈「お母さん。だいじょーぶ?」
逢「うん。もう平気」
祈「よかった……」
逢「それより……聞いて!」
祈「なに?」
しゅう「見つけた!逢!祈!」
祈「お父さん!」
逢「どうしたんです?何故ここが分かったんです?」
しゅう「それはこっちのセリフだよ!何してたんだよ?」
逢「何って?」
しゅう「珍しく上がりが早かったんだ。だけど、帰宅したら誰もいなくて料理も作りかけで……」
しゅう「これを見て急いでやって来た」

僕は逢にメモを渡した。
小学校低学年にしてはうまい字で書かれている。

逢「お母さん、119番。いそいで来て。祈」
祈「あ、それ!よかった……」
逢「え?じゃあ祈が書いたの?いつの間に……」
祈「お母さん、いたずらだめって言ったから……」
逢「それでメモを?」
祈「うん」
逢「……」
しゅう「……ん?いたずらだめ?何のこと?」
逢「ともかく!こうして偶然3人揃ったので……改めて聞いて下さい」

逢が一呼吸置いてからゆっくりと衝撃的な事実を語り出した。

しゅう「な、なんだってええええええええええええええ!こ、こどもおおおおおおおおおおおおおおお!?」
祈「あたしに姉弟(きょうだい)ができる!?」
逢「ちょ、二人とも、静かに!」

病院内で、周りがこちらに注目している。

しゅう「静かにしろって言う方が無理だよ」
祈「そうだよ」
逢「ここで話したのは場違いでしたね……」
しゅう「とにかくおめでとう!祈もお姉ちゃんになれるな」
祈「うん。うれしい」
逢「え、えっと、帰りましょうか」
しゅう「もう大丈夫なのか?」
逢「ええ。痛みもおさまりました」
しゅう「よし。とりあえず今夜はパーティか?」
祈「今夜は牛肉だって。あたしもおてつだいするんだ」
しゅう「お、じゃあ、祈の手作り料理が食べられるのか!やった!ごちそうだ」
祈「そんな、おおげさだよー」
しゅう「……待てよ」
逢「どうしました?」
しゅう「夕飯ってどうなってるの?あと、戸締りとか」
逢「作りかけで出て来ました。火を消したり、戸締りしたのも全部祈です」
しゅう「そっか、祈が……。ありがとう」
祈「……早く帰ろう。お腹ペコペコ」

祈は照れ隠ししながら、少し先を歩いた。

しゅう「……しっかりしてるよなぁ」
逢「ええ。利口ですよ、祈は」
しゅう「本当に小学生か?って思うくらいしっかり者だよ。誰かさんの小さい頃みたいだな」
逢「似た物親子……」
しゅう「何か言った?」
逢「いえ、何も」
しゅう(その通り。似た物親子だよ、まったく)
しゅう「しっかり者の祈がいてくれれば、家族が増えても大丈夫だよな」
逢「……そうですね。でも、祈ばっかりに負担をかけてはいけませんよ」
しゅう「分かってる。僕も頑張らなきゃな」
逢「私もです。私も二人に負担をかけないように頑張ります」
しゅう「逢は無理するなって」
逢「無理なんかしませんよ。できる範囲です」
祈「ねぇ、早く!早く帰ろう」

逢とこっそり話をしていたら、祈に急かされてしまった。

しゅう「そうだな。お腹空いたから早くご飯にしようか」
逢「もう、二人とも。少しは気遣ってほしいな~」

その後、逢と祈が引き続き夕飯を作った。
僕も手伝おうとしたら……

逢「いいから座ってて下さい」
祈「それかおふろ先に入るとか」
しゅう「え?あ~、じゃあ座っておく。お風呂は祈が一番だよ」

……と、こんな具合に断られた。
まあ、たまにはいいよな。
逢と祈で楽しそうだから、邪魔しないでおこう。

祈の作った夕飯は美味しかった!
逢の監修が入ってるけど、それでも実の娘が作ってくれた料理はとても美味しかった!
頭がいいし、機転が利くし、料理もできる!
祈がいてくれて僕は幸せだ。

前に逢の実家に泊まって、七咲家の過去について聞いたことがあった。
第12話「先輩、私を知ってください」
逢の家庭は決して裕福ではなく、ご両親はものすごい努力家だ。
逢も、弟の郁夫も、養育費などの問題から、一時は諦められてしまうところだった。
もしかしたら生まれてこなかったかもしれない。
でも、ご近所の助けもあり、逢は無事に生まれた。
弟の郁夫も、逢が精一杯ご両親を助けることで何とか生まれることができた。
不意にそのことを思い出した。
祈を当時の逢とするならば、僕と逢は当時の逢のご両親だ。
逢が授かった第二子は当時の郁夫。
僕が頑張ってはいるけれど、そんなに裕福でもない。
だけど、せっかく授かった子供を諦めたくない!
祈に負担はかけたくないけれども、祈がここまで優秀な娘なら、祈に懸けてみようと思う。
祈ならきっとできる!
その名前に込められた意味の通り、僕と逢、それに七咲家全体を救ってくれるに違いない。
(祈の由来:エピソード「先輩、娘の名前……何にします?」(ノベル)

しゅう「祈。ちょっといいか」
祈「ん?どうしたの?」

逢がお風呂に行って、いないタイミングを見計らって祈を呼び止めた。

しゅう「祈は……その、弟や妹ができるのは嬉しいか?」
祈「うん!あそび相手ができるから!一人っ子ってつまんないんだって」
しゅう「そっか……」
祈「……?お父さん?」
しゅう「祈」
祈「うん」
しゅう「お母さんのお手伝い、してくれないか?これからも」
祈「え?そんなのあたりまえだよ!おうちの人のおてつだいをしなさいって先生がいつも言ってるし……」
祈「おてつだいするとお母さんがほめてくれるからうれしいよ」
しゅう「そっか。そうだよな」
祈「きゅうに……どうしてそんなこと聞くの?」
しゅう「うん。祈は弟や妹ができてうれしいけど、お母さんはこれから大変になるんだ」
しゅう「急に具合が悪くなることもあるかもしれない」
しゅう「お父さん、いっつもお勤めで、お母さんのそばにいてあげられないかもしれない」
しゅう「そんな時、祈がいてくれるとお父さんも安心なんだ」
祈「お父さん……」
しゅう「って、ごめんな。祈に言うようなことじゃなかったな」
祈「がんばる!」
しゅう「え?」
祈「あたしもがんばるから、お父さんもがんばって!」
しゅう「祈……いいのか?」
祈「うん」
しゅう「あ、でも」
祈「ん?」
しゅう「遊びたい時は遊んでいいからな。お母さんやお父さんだけじゃなくて、お友達も大切にな」
祈「分かってる」
しゅう「よし!じゃあ、姉弟(きょうだい)のために頑張ろう!」
祈「うん!」
しゅう「それと……このことはなるべくお母さんには内緒な」
祈「分かった」

僕は念のため、周囲を調べた。
逢に盗聴された形跡はない。

その後、祈はいつも通りに逢の手伝いを頑張った。
産婦人科の定期検診のために逢は祈を連れて病院に行き、塚原先輩と偶然逢った。

そんな感じで、逢の第二回目の妊娠生活が幕を開けた。
前回は僕がいて、ずっと逢を支えてあげていた。
というより、前回は僕と逢の二人っきりだったから僕しか支えてあげられる人間がいなかったんだけどな。
今回は違う。
僕も前回よりも仕事が忙しくなり、支えてあげるのもやっとだ。
だから、しっかり者の祈がいてくれて、僕も嬉しい。
僕と祈だけの約束……。
二人で頑張って逢を、お母さんを支えていこう!



後編へ続く

2011-11-18

23回目の“老けましておめでとう”

別に最初から書くつもりはなかったのですが……
僕は結構気まぐれで、突然思い付いて即行動に移すことがたま~にあります。

前回(22歳の締めくくりに……)からの延長線上で少しだけ書きます。
そんな重苦しい話ではなく、23歳の誕生日(23回目の“老けましておめでとう”)のちょっとした報告です。

今こうして無事に23回目の“老けましておめでとう”が終了しました。

ここまで約束通り、ケーキは一切食べていません!
前回の記事にも書いたけど……
ダイエットして痩せて引き締まった身体を手に入れることこそ自分への誕生日プレゼントなので。


そしてもう一つ大事な報告があります。
それは……
当ブログでもお馴染み……
僕の大大大親友の……
夢幻探求くん(むーたん)から誕生日プレゼントをもらいました!!


記事(ゆかにゃん&むーたんバースデーライブ!!)から分かる通り……
僕が先にむーたんに誕生日プレゼントを渡しました。
なので、今回は“お返し”という意味でむーたんが誕生日プレゼントをくれました。
僕があげたのは、バースデージグソーパズル2枚と七咲逢ストラップとラ●レターで……
そのお返しにむーたんがくれたのは以下の通りです。

・ランスロットフロンティア(コードギアスR2、C.C.用のピンクのランスロット)のプラモ
・C.C.のグラス
・C.C.の写真(写真立て付き)
・七咲逢目覚まし時計
・セシリアタペストリー
・ラ●レター

写真を載せようかと思いましたが、やめました。
何故なら……
むーたんの梱包があまりにも綺麗過ぎて……
取り出すのがもったいないからです!!

彼の性格からしたら考えられますが、そうではなく、やっぱり僕に対する逢情なんでしょうね。
少しでも見栄えのいい誕生日プレゼントにして僕を喜ばせてあげようというむーたんの心遣いを感じます。
彼の特技(プラモ作成)と僕の好みがうまく調和した誕生日プレゼントです。
値段を聞いたら、だいたい僕と同じ3000円くらいだそうですが、それ以上の値打ちを感じます。
まあ、僕がむーたんに誕生日プレゼントをあげた時は半分サプライズだったので……
むーたんの好みが分からずに無難なチョイスをしました。
それに対するお返しが豪華で本当に感謝しています。
せっかくこんなに綺麗な誕生日プレゼントをいただいたので、梱包状態のままに戻しておきます。
時期が来たら取り出して使う予定です。

むーたん……
本当にありがとう!
これからもずっとよろしく!!


以上、23回目の“老けましておめでとう”でした。
もちろん、妻の逢と娘の祈からも誕生日の祝福をいただきました。


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